日本の地方では最低賃金に等しい低賃金で働いている人が少なくありません。このような劣悪な条件で働き続ける理由として、多くの人が「他に選択肢がない」という現実に直面しています。
今回の記事では、なぜこのような問題が起こってしまうのかについて、日本の「地縁主義」が地方の低賃金労働に与える影響について分析しつつ私見を述べたいと思います。
移住を困難にする「地縁主義」
この記事をお読みの方の中には、
「もっと好条件の仕事が選べる地域に移住すればいいだけの話ではないか」
と思った方もおられるかもしれません。たしかに、自分が住んでいる地域に有力な産業が存在せず、好条件で勤務できる勤務先が存在しない場合は、理想的な場所を求めて移住することは経済合理性の観点からも妥当な選択であるといえます。
しかし、多くの地方在住の日本人にとって移住はそう簡単ではありません。その背景には、日本人特有の文化的特徴である「地縁主義」が関係していると私は考えます。
地縁主義とは何か
地縁主義とは、個人と地元の共同体とのつながりが重視され、個人がその土地を離れることで共同体のメンバーではなくなるとみなされる傾向のことを言います。
これは、ユダヤ人や中国人に見られる「血縁主義」とは異なり、血縁ではなく地理的な関係性を基盤としています。例えば、血縁主義の文化では移住しても血縁ネットワークを通じた強い支援が期待できますが、地縁主義の文化では移住することで共同体から切り離され、支援を受けられなくなる可能性が高まります。
ユダヤ人や中国人が世界中に独自のネットワークを築くことに成功したのはこの血縁主義によるものが大きいといわれます。
地縁主義が低賃金労働に与える影響
地縁主義が強い地方社会では、移住して「よそ者」になることに対する心理的な不安や恐怖が労働者の選択を制限する一因となっています。この心理を利用して、企業は劣悪な賃金条件を押し付けることが可能になっている側面があるということです。
具体的には、次のようなメカニズムが働いていると考えられます:
共同体からの排除の恐れ
地元の共同体から「出ていった者」(※場合によっては「裏切り者」)と見なされることを恐れるあまり、労働者は不満を抱えながらも地元の低賃金労働に留まります。
選択肢の制約
地縁主義が強い地域では、移住そのものが心理的・経済的に高いハードルとなり、好条件の地域で働くという選択肢を事実上排除することがあります。
例外はあれども地縁主義の影響は大きい
「地縁主義がすべての地域において強力に人々を支配しているとはいえない。例外もあろう」と考えた方もおられるかもしれません。たしかに、若年層や都市部出身者の中には地縁に縛られず、自由なライフスタイルを追求する人もいるでしょう。
また、「劣悪な賃金条件でも働くのは個人の選択の結果だ。地縁主義だけが原因ではない」という感想を持たれた方もおられるかもしれません。
確かに個人の選択は重要ですが、選択には制約が伴うことを忘れてはなりません。地方における地縁主義の影響が、これらの制約を強化している可能性は否めません。また、労働市場の構造的要因(雇用の偏りや求人の質の低さ)も絡んでいるため、個人の自由な選択が必ずしも保証されていない現状を指摘することには意義があると私は考えます。
ベーシックインカムでこれらの問題を改善できる
ベーシックインカムでこれらの問題を改善できる
ベーシックインカム(BI)は、全ての人に生きるために必要な収入を無条件で支給する制度です。この仕組みが導入されれば、地方の低賃金問題や地縁主義による制約にどのような影響を与えるのかを考えてみたいと思います。
1. 経済的自由の確保
BIがあれば、生活の基盤を最低限保障されるため、労働者は劣悪な労働条件を無理に受け入れる必要がなくなります。特に地方では地縁主義ネットワークからはじき出される以上に、「仕事を辞めたら生活できなくなる」という恐怖心が強いですが、BIによってこの恐怖が大幅に緩和されます。これにより、企業も労働環境や賃金を改善せざるをえなくなるでしょう。
2. 移住の心理的・経済的ハードルの軽減
移住にはコストがかかりますが、BIによる安定収入があればそのコストを賄うことが可能になります。また、「移住先で仕事が見つからなくても最低限の生活ができる」という安心感が生まれ、地縁主義に起因する「出ていった者」になる不安を和らげることができます。
3. 地元共同体への依存からの解放
地縁主義の負の側面は、共同体への依存が強すぎるあまり、個人が自由な選択をできなくなる点にあります。BIはこの依存を緩和し、個人がより主体的に生き方を選べる環境を提供します。これにより、「地元を離れる=共同体からの支援を失う」という恐怖が和らぎます。
4. 地域経済の活性化
BIが導入されると、地方の住民が一定の購買力を持つため、地域経済が活性化する可能性があります。これにより、地方における雇用の質が向上し、結果として低賃金問題が改善される可能性があります。
おわりに
地方における低賃金問題の背景には、産業構造や経済規模の縮小といった社会システムの構造的要因だけでなく、地縁主義という文化的要因が大きな役割を果たしています。この文化的特徴が労働者の選択肢を制限し、企業にとって有利な状況を生み出しているのです。