国民総労働制が小児性愛者を生み出している【勤労の義務】

先日、「7歳の娘に性的暴行を加え、動画をグループチャットで共有した」などとして、愛知県警が父親から構成されるグループのメンバーを逮捕したという報道がなされました。非常に憤りを感じさせる、断じて許すべからざることです。

7歳娘らへの性的暴行 動画をグループチャットで共有した疑い 30代の父親ら逮捕 「4歳の頃から手なずけた」書き込みも(CBCテレビ) - Yahoo!ニュース
7歳の娘に性的暴行を加え、動画をグループチャットで共有したなどとして、愛知県警が男3人を逮捕しました。きょうまでに愛知県警に逮捕されたのは、30代の男3人です。捜査関係者によりますと、3人は

日本社会における小児性愛者の発生要因について、これまで多くの議論がなされてきましたが、その根本的な原因を解明するには、日本の社会構造の歪みを直視する必要があります。

本記事では、「国民総労働制」「家庭における父性の不在」「社会的ポジション至上主義」という三つの観点から、小児性愛者が生まれる社会的背景について考察します。

国民総労働制と「幼児的欲求」の抑圧

戦後の日本は、経済成長を至上命題とする「国民総労働制」とも言うべき社会システムを構築してきました。労働は単なる生計手段ではなく、「個人の存在価値」とされ、資本主義における労働市場での有用性が人生の成功を決定づけるという価値観が根付いています。

このシステムのもとでは、個人の情緒的な側面、とりわけ「愛情の充足」や「甘えの受容」などは軽視されます。特に男性は、「男らしさ」の価値観もあり、幼少期に十分な愛情を受け取る機会が少なく、社会に出てからも「弱音を吐かずに頑張ること」を求められます。これにより、本来ならば幼少期に満たされるはずの情緒的な欲求が抑圧され、「幼児的欲求の充足」を意識的に、または無意識に求める傾向が強まります。

この未成熟な充足欲求が歪んだ形で発露すると、小児性愛という形で現れる可能性があります。愛情の欠如は、個人の性嗜好にも影響を与え得るという視点が、ここで重要になります。

家庭における父性の不在と「成熟した愛情」の欠如

近代化以降の日本の家族観においては、「父親は外で働き、母親が家庭を守る」という役割分担が支配的となりました。

父性とは単なる父親の存在ではなく、「規範を示し、子どもの内面の成長を促す機能」を指します。父性の欠如した環境では、「成熟した愛情とは何か」 を学ぶ機会が乏しくなります。その結果、異性との関係においても「対等な関係」を築くことが困難になり、「従順で自分を受け入れてくれる存在」に執着する心理が生まれやすくなる。こうした指摘は特定の学問の領域を超えてなされています。

これは、小児性愛的な嗜好の形成に影響を及ぼす一因となる可能性があります。子どもは無条件の愛情と関心を提供してくれる存在であるため、健全な愛着関係を築く能力が未発達な者にとって、都合の良い対象になり得るのです。

社会的ポジション至上主義と「逃げ場のない自己像」

日本社会では、一度築いた社会的ポジションを維持することが極めて重要視されます。特に男性にとっては「仕事ができる=価値がある」という価値観が根強く、社会的評価を失うことは「人間としての敗北」(負け組)とすら見なされます。

この価値観の中では、精神的な不調や生きづらさを抱えても、それを表に出すことが許されず、ひたすら社会に適応することが求められます。その結果、自己肯定感が極端に低いまま社会に適応しようとする者が増え、健全な人間関係を築くことができず、孤立しやすいのです。

孤立した人間は、自分を受け入れてくれる存在を求めますが、成熟した関係を築く能力に乏しい場合、「無条件に受け入れてくれる対象=子ども」に依存するケースが出てきます。これが、小児性愛的な嗜好の形成につながる可能性があるのです。

おわりに:小児性愛を生まない社会へ

本記事では、「国民総労働制」「家庭における父性の不在」「社会的ポジション至上主義」という3つの視点から、小児性愛者の発生要因について論じました。これらの要素はいずれも、

  • 「愛情の欠如」
  • 「未成熟な依存欲求」
  • 「社会的孤立」

という形で、個人の心理的発達に影響を及ぼします。

この問題を根本的に解決するためには、単なる「犯罪防止策」ではなく、社会全体の価値観の変革が必要です。具体的には、

  1. 労働至上主義の是正(ベーシックインカムの導入など、労働以外の価値を認める社会の構築)
  2. 家庭における父性の回復(親が子どもと情緒的に関わる時間を確保し、愛情の伝え方を学ぶ機会を増やす)
  3. 社会的ポジションの柔軟化(人生の途中でのやり直しを許容し、多様な生き方を認める)

このような改革が求められます。

現在の日本社会は、経済至上主義のもとで、一貫して人間の情緒的な側面を切り捨ててきました。その結果、社会の歪みが様々な形で表面化し、その一つが小児性愛という問題だと考えます。

私たちは、今こそこの問題に正面から向き合い、個人が健全に成長し、愛情を持って他者と関わり、後進を育成する、そのような社会を作るための議論を始めるべきではないでしょうか。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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