近年「タイムパフォーマンス」という言葉をしばしば目にするようになりました。
タイムパフォーマンスとは、費やした時間と得られた満足度の相対性を意味する言葉で、「時間対効果」とも呼ばれます。「タイパ」と略されることが多いです。
- 「タイパが良い」とは、短い時間で大きな満足を得られた場合
- 逆に「タイパが悪い」とは、費やした時間に対して小さな満足しか得られなかった場合
この「タイパ重視」傾向ですが、極端なケースだと「映画を倍速で見る」や「すべての場面を見ずに要点だけを見る」といった例もしばしば話題にのぼりますね。
今回の記事では、「タイパ」について「狂った社会への抵抗活動のひとつである」という観点から持論を述べたいと思います。
「タイパ重視」は社会への抵抗活動である
私は「タイムパフォーマンス」への過度な執着や、映画を早送りで要点だけ見るといった行動は、現代社会の構造と深い関係があると考えます。こうした現象を捉えるための既存の概念として、いくつかの観点から考えてみたいと思います。
競争過剰な社会への抵抗
現代の日本は、競争が過剰な社会です。「小さな政府」が絶対正義とされ、本来は行政が担うべきミッションを次々と民営化して競争にさらす。「何もかも民営化して競争させればうまくいく」とばかりに過剰な競争が奨励されてきた、こうしたことが約30年以上にわたって続けられてきました。
こうした過剰な競争が支配する背景から「タイムパフォーマンス」「コストパフォーマンス」が過剰に重視される傾向が生じたと思うのです。
1. 抵抗としての行動
「日常的抵抗」
権力に直接抵抗するのではなく、日常的な小さな行動を通じて間接的に抗うことを意味する概念です。社会学の分野では社会学者ジェームス・C・スコットが提唱した「日常的抵抗(everyday forms of resistance)」の概念があります。
映画を早送りで見ることは、資本主義が押し付ける「効率至上主義」や「過剰な消費文化」への個人的な小さな抵抗と解釈することもできます。
私は、多くの人は本当に意識的、主体的、自律的に「映画を倍速で見る」といった行動をとっているわけではなく、なかば無意識的に、過剰なタイパを押し付けてくる社会へ抵抗しているのではないかと思っています。抵抗とはすなわち「私は機械ではない。人間なのだ」と叫び、人間性を回復しようとする試みではないかと思うのです。
3.加速主義(accelerationism)
次は少々、深読みにすぎるかも知れませんが、加速主義という概念からの考察です。
加速主義とは現代の資本主義社会における過剰なスピード感や効率性への執着が、むしろ資本主義の矛盾を暴き出す手段となり得るという思想です。この文脈では、タイムパフォーマンスを極限まで追求する行為が、資本主義システムそのものを逆説的に暴露し、再考を促す行動と解釈される可能性があります。
過剰なまでの「タイパ重視」を推し進める人の中には、もしかしたら「とことんまでタイパを突き詰めて、逆説的に資本主義のばかさかげんを暴いてやれ」というモチベーションを持った人がいるのかも知れない、という観点です。
3. 「過剰適応」
システムへの過剰適応(hyper-conformity)
「過剰適応」とは発達障害の人々が抱える『生きづらさ」を説明する際にしばしば用いられる概念でもあります。
エーリッヒ・フロム1は、現代社会おいては、個人がシステムに過剰に適応することで、逆に自己を失う状況を指摘しています。過度な効率性の追求は、資本主義が求める価値観に適応しすぎた結果であり、その裏には反発や疲労感が潜んでいる可能性があると私は考えます。
玉石混交の消費社会への適応
現代ではインターネットの普及によって、誰でも気軽に自己を表現することが可能になりました。さらに個人主義の台頭により、
- 「どんなに低俗・低品質な作品であってもきちんと評価すべきだ」
- 「これはこれでアリじゃないか?」
- 「わからない人はセンスがない」(と表明する自由を重視)
このような風潮も強まっています。
こうした玉石混交の消費社会においては、「低品質なもの」「自分の好みには合わないもの」を可能な限り短時間で選別する消費行動が要求されます。映画でいえば「貴重な時間を割いて90分も費やしたのにクソ映画だった」などという落胆させられる出来事は誰でも避けたいものです。
氾濫するあらゆる作品・商品やサービスをじっくりを味わい尽くしている時間はありません。
強大な権威がモノやサービスの品質を厳しくチェックしてフィルタリングし、一定の「おめがね」に適う作品だけが世に出る社会なら、このような心配も減るのかも知れませんが、それが果たして「良い社会」なのかどうか?いかなる権威も腐敗し、権威の利益にならないモノははじかれるのが定石。難しい問題です。
最後までお読み頂きありがとうございました。
- エーリッヒ・フロム(Erich Fromm, 1900-1980)は、ドイツ生まれの社会学者、精神分析学者、哲学者。人間性や社会構造に関する深い洞察を示した人物。フランクフルト学派に属し、精神分析とマルクス主義を統合することで、現代社会における人間の疎外や自由の問題を探求した。代表作には『自由からの逃走』や『愛するということ』がある。 ↩︎