日本では「Fランク大学」がしばしば批判の対象となります。その原因は、教育の質や、学生のレベルが低いとされる点にあるとされます。しかし、Fランク大学は現代の日本において、大学を卒業するには致しない学力を持つ者に、大卒資格を与える資格発行機関として機能している側面があります。
今回の記事では、日本の「Fランク大学」が果たしている機能について私見を述べたいと思います。
なお、私個人としては日本の偏差値教育システム自体に疑念を持っています。そのため大学を偏差値で格付けするという考え方自体に私は同調しません。ですがこの記事では説明のためあくまでも便宜的に「Fランク大学」の呼称を用います。
Fランク大学と「命のビザ」
日本における「Fランク大学」が社会において果たしている機能は、「命のビザ」として知られる杉原千畝氏のエピソードと似た構造を持っていると私は考えます。「命のビザ」とは、第二次世界大戦中に、リトアニア・カウナス日本領事館の杉原千畝領事代理が、ナチス・ドイツの迫害から逃れるユダヤ人難民に発給した日本通過ビザのことを指します。
現代日本における「大卒要件」の問題
現代の日本では、多くの企業や公務員において「高卒で十分に務まる職種」においても、担当者レベルでの責任回避、官僚主義的慣例主義などの思想や、日本の組織に顕著に見られる「横並び意識」などの思想的背景から「大卒以上」を採用条件に掲げている状況が続いています。
この結果、日本の社会においては最終学歴が非大卒の場合、将来の選択肢が絶望的に狭まることになります。
専門的な技能の習得を目的とする専門学校の卒業者を除き、非大卒者でも就業可能な仕事は、いわゆる「底辺労働」と揶揄される業種が少なくないことは否めません。こうした業種において働くにあたっては男性社会特有の上下関係ヒエラルキーを基調とした、独特かつ高いコミュニケーション能力が必要とされることが珍しくありません。
この独特なカルチャーに接することなく育ってきた個人にとって、こうしたカルチャーが支配的な職場に放り込まれることは、まさに「コミュニケーションの技術をゼロから学び直す」ことを求められます。そしてそうした職場カルチャーの先人たちはそのような「不適合」をきたしている「新入り」を鋭敏に察知します。
こうした背景から、その独特なカルチャーに馴染めない者は、最悪の場合、パワハラや職場いじめのターゲットとなり、極めて悲惨な境遇に落とし込まれることも決して珍しいことではないのです。
実際に先日、東京で起こった事件においては、男性が凄惨な職場いじめの結果、踏切自殺を偽装され殺害されるという痛ましい事件も発生しています。

この事件以外にも、こうした悲惨な事件は枚挙にいとまがありません。


こうした悲惨極まりない境遇に個人が陥ってしまうリスクは、特にコミュニケーション能力に課題を抱える発達障害者や発達グレーゾーン1の人々にとって非常に深刻な問題となっています。
このような悲惨な境遇に落ち込むことを避けようと、多くの日本人が躍起になって「大卒資格」を得ようともがいているのが現代日本のひとつの側面としてあります。
大卒資格を持つことによる生涯年収の違い
広く知られていることですが、統計によると、日本では大卒と高卒の生涯年収には大きな差があります。
大卒者の生涯年収は平均で約2億5,000万円、高卒者は約2億円とされ、その差はおよそ5,000万円に上ります。この差は、特に中堅以上の企業や公務員など、大卒資格を必要とする職種で顕著です。したがって、大卒資格を得ることは多くの人にとって経済的安定の重要な手段となっています。
Fランク大学の存在意義
このように、現代日本では企業の思慮と創造性に欠けた横並びの「大卒以上」採用条件の存在があるがために、たとえ形骸化した中身のないものであろうとも、大卒資格を得ることは多くの個人にとって死活問題となっているのが実情です。
この状況を放置したままにFランク大学を社会から排除するような政策を行えば、多くの人が困ることになります。Fランク大学が提供する大卒資格は、厳しい社会の中で生き延びるためのセーフティネットとして機能しているのです。
そのため、Fランク大学の整理を議論する前に、まずは企業に対して横並びの「大卒以上」の採用要件を是正するよう働きかけることが必要です。
「その仕事、本当に大学の教養を必要としますか?」
と企業に問うことです。
この是正がなされることで、学歴による不平等が軽減され、Fランク大学の存在意義を問い直す前提条件が整うでしょう。
しばしば存在意義自体が問われるFランク大学ですが、その存在は現代の日本人に「命のビザ」を発行する機関としての意義を持つと言えるのです。
最後までお読み頂きありがとうございました。
- 発達障害のグレーゾーンとは、発達障害の特性がみられるものの、診断基準をすべて満たしていない状態を指す通称。発達障害のグレーゾーンの人々においては、「診断済み」の事実を必要とする支援や相談先が活用できない、「発達障害がある」とはっきり言えないことで周囲の理解を得にくい、といった困りごとや生きづらさが生じる場合がある。 ↩︎